翻訳語辞典Shaqai

読み物

未知の概念を言葉として創るということ

対応する概念のない言語に、まったく新しい言葉を生み出すとはどういうことか。 翻訳家たちが直面した、言語創造の根本的な問い。

翻訳の最も困難な仕事は、対応語のない概念を訳すことだ。 既存の語彙で近似できる概念なら辞書を引けばよい。 しかし、相手の言語に存在しない概念—— それを訳すことは、言語そのものを拡張する行為に他ならない。

明治の翻訳家たちはこの課題に正面から向き合った。 彼らが作り出した造語の多くは、当時の日本語話者にとって まったく聞き慣れない異物だった。にもかかわらず、それらの語は 次第に市民権を得て、今では誰もが当たり前のように使っている。

西周の造語術

幕末の蘭学者から明治の思想家となった西周(にし・あまね)は、 近代日本語に最も多くの哲学・学術用語を導入した人物の一人だ。 「哲学」「概念」「命題」「主観」「客観」「帰納」「演繹」—— これらはすべて西周の造語、あるいは彼が導入した語だとされる。

「哲学」の造語プロセス

philosophyを訳するにあたって、西周はまずその語源に立ち返った。 ギリシャ語のphilosophia(知恵への愛)という意味を踏まえ、 「明哲(賢明さ)」から「哲」、「学問」から「学」を取って「哲学」とした。 この造語は原語の精神を的確に捉えており、 後の明治政府も公式に採用することになる。

参考:福田眞人「明治翻訳語のおもしろさ」

漢字という造語のリソース

明治の翻訳家たちにとって幸運だったのは、 漢字という豊富な意味素材が手元にあったことだ。 漢字はそれ自体が意味を持つ表意文字であるため、 組み合わせによって無数の新語を作り出せる。

たとえば「科学(science)」という語は、 「科(種別・分類)」と「学(学問)」を組み合わせることで、 「分類された体系的な学問」という意味を作り出している。 「経済(economy)」は「経世済民」(世を治め民を救う)という 古典的な政治理念を短縮した語が転用されたものだ。

こうした漢字の組み合わせ原理は、翻訳語の大量生産を可能にした。 英語など表音文字を使う言語では、新概念に対して音訳するか 完全な新造語を作るかしかないが、漢字文化圏では 既存の意味ある部品を組み合わせて半ば透明な新語を作れる。 これは翻訳語作成における漢字文化圏の大きなアドバンテージだった。

失敗した訳語たち

すべての造語が成功したわけではない。 歴史の中で消えていった訳語候補も多数ある。 たとえば「freedom」の訳として「自恣」「放縦」なども提案されたが、 それらのネガティブなニュアンスが災いして定着しなかった。

興味深いのは、どの訳語が生き残るかを事前に予測するのが 難しいという点だ。語の正確さや論理的な妥当性よりも、 使いやすさ・語感・広まり方・権威ある人物による採用といった 偶然の要因が勝敗を分けることも少なくなかった。

言葉を作ることは思想を作ること

翻訳家が新しい語を作るとき、彼らは単に言語的な作業をしているのではない。 どのような漢字を組み合わせ、どのような側面を概念の本質として切り取るか—— その選択は、その概念がどのように理解されるかを大きく左右する。

「競争(competition)」という訳語を作った翻訳家は、 この概念を「争い」として捉えた。もし「競合」「競遂」などが定着していたら、 日本語話者が「競争」概念を受け取る仕方は少し変わっていたかもしれない。 言語は思考の容器であると同時に、思考を方向づける枠組みでもある。

未知の概念を言葉として創るという行為は、 思想を一つの言語体系から別の言語体系へと移植する 文化的・知的な営みだ。明治の翻訳家たちはその意味で、 単なる翻訳者ではなく、思想の媒介者であり創造者だった。

参考文献

  • 福田眞人「明治翻訳語のおもしろさ」(名古屋大学言語文化研究会)
  • 柳父章『翻訳語成立事情』岩波新書
  • 吉沢典男・石綿敏雄『外来語の語源』角川書店
← 読み物一覧へ