
子安峻
1836–1898(62歳)
美濃国大垣藩士の家に生まれたジャーナリスト・実業家・英語学者。大村益次郎・佐久間象山に蘭学・英学・砲術を学び、明治維新後は外務省で通訳翻訳方を務めた。横浜で活版印刷所・日就社を創立し、出版・新聞事業の近代化を牽引した。
明治6年(1873年)、柴田昌吉とともに『附音挿図英和字彙』を刊行し、sovereignty を「主権」と訳すなど政治・法律分野の訳語整備に貢献した。同辞典は「統計」「保険」など多数の訳語を初めて掲載した画期的な辞書として知られる。
明治7年(1874年)には読売新聞を創刊し初代社長に就任。庶民向けの平易な紙面づくりで部数を伸ばし、近代日本のジャーナリズムの礎を築いた。後に扶桑商会を設立するなど実業界でも活躍した。
0訳語数