情報科学
renseignement
フランス語明治初期酒井忠恕
–1897(1897歳)
幕末の旗本・静岡藩士の出身で、明治維新後に陸軍に入り、フランス語軍事文書の翻訳を専門とした軍人。明治6年頃に陸軍少佐に任ぜられ、明治9年(1876年)にフランス語の歩兵演習マニュアルを訳した『仏国歩兵陣中要務実地演習軌典』を刊行した。この翻訳において、フランス語renseignement(敵情に関する報知)の訳語として「情報」という語を初めて用いたとされ、日本語における「情報」の語の生みの親として知られる。
明治12年(1879年)に参謀本部へ移り、翻訳課長・文庫課長を兼任して軍事知識の日本語化を組織的に推進した。明治13年には同名の人物が存在したため酒井清と改名し、再版・改訳版の著作はこの名義で刊行されている。明治22年(1889年)に退役し予備役に編入された。
生み出した訳語「情報」は当初は純軍事的な用語として陸軍内部で用いられたが、明治36年頃に森鷗外がクラウゼヴィッツ『戦争論』の訳語にも「情報」を充て、明治38年(1905年)には一般辞書に初掲載された。その後、情報科学・通信技術の発展とともに英語informationの訳語として広く定着し、現代日本語の最も基幹的な語彙の一つとなった。