青年社会
Young Men
英語明治期小崎弘道

1856–1938(82歳)
肥後国(現・熊本市)の藩士の家に生まれ、熊本洋学校でアメリカ人教師L・L・ジェーンズのもとキリスト教の薫陶を受け、1876年に洗礼を受けて熊本バンドの一員となった。その後、同志社英学校に進学して新島襄に師事し、1879年6月に卒業した後に上京して組合派の教会を設立した。
1880年(明治13年)5月、東京キリスト教青年会(東京YMCA)の創設に参画し初代会長に就任した。このとき"Young Men's Christian Association"を「基督教青年会」と翻訳し、"Young Men"の訳として「青年」という語を新たに造語した。この訳語は唐詩選の「青雲の志」に着想を得たとも言われ、その後日本社会に広く定着した。また"Religion"を「宗教」と訳したことでも知られる。
1890年に新島襄の後継として同志社第2代社長に就任したが、外国人宣教師団との対立により1897年に辞任。その後1899年から1931年まで霊南坂教会の牧師を務め、日本基督教連盟会長などを歴任した。翻訳語・訳語の造成のみならず、1883年に雑誌『六合雑誌』を創刊して西洋のキリスト教思想の普及に尽力した。