文化文化
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英語明治期森有礼

1847–1889(42歳)
明治時代の政治家・外交官。薩摩藩(現・鹿児島県)の藩士の家に生まれ、藩命でイギリスに留学した後、アメリカにも渡り西洋の社会制度・教育思想を広く吸収した。帰国後は外務省に入り、初代駐米公使として日米間の外交実務を担いながら、英語普及論など急進的な文明開化論を唱えて物議をかもした。
1873年に明六社を創設し、西周・福沢諭吉らとともに啓蒙雑誌の刊行を通じて西洋の知識と価値観を広く紹介した。「文化」「文明」「宗教」「慣習」などの語を社会に定着させる上で、その論説が果たした役割は大きい。
1885年に第一次伊藤内閣の初代文部大臣に就任し、小学校・中学校・師範学校・帝国大学を系統的に整備した近代学校制度の設計者として知られる。教育における国家主義的方向性を打ち出したことで批判も受けたが、近代日本の教育制度の骨格を築いた功績は大きい。1889年、大日本帝国憲法発布の日に国家主義者に刺され、翌日に死去した。